日々の実践2026年3月3日 (火)
令和7年度卒業式 卒業生答辞
海の光が、水平線で揺れています。三年前も、きっと同じように揺れていたはずなのに、今日の海は、あの頃とは少しだけ違って見えます。
この穏やかな日を迎えられたこと、そして、今日という日を共にするすべての方々に、卒業生を代表して心から感謝申し上げます。
初めてこの島に来たのは、中学2年生の夏でした。フェリーから降りた瞬間に目の前に広がったのは、どこまでも続く真っ青な海。その広さに心を奪われました。けれど、あの時の私は、この島の本当の広さをまだ知りませんでした。
それは、人の思いと関わりの深さ、そしてこの島で学びながら知った、世界の広さでした。
中学生の頃の私は、正直に言えば、学校の勉強がなによりも嫌いでした。「どうせ将来使わないのに。」「覚えても忘れるのに。」黒板を書き写しながら、そんなことを考えていました。学びは、大人から与えられるもので、答えは、どこかに用意されているもの。そう思い込んでいました。
だけど、この島での学びは、私が思っていたものとは違っていました。ここは、「何が正解なのか」よりも先に、「あなたはどう思うのか」と問われる場所でした。
「島前高校っぽさ」に惹かれて入った地域共創科。憧れの「探究活動」は、思っていたよりも、大変なものでした。課題は自分の足で見つけに行かなくてはならず、答えは検索しても出てこない。そんな自分が経験したことの無いやり方に、はじめは戸惑いました。
地域に出て、話し合いを重ねて、ひたすら作業を行う日々。その中で、少しずつ身についていったコミュニケーションのとり方、大きな失敗から気づいた大切なこと。
そのひとつひとつが、教科書にはない学びでした。自分の足で立ち、自分の言葉で悩み、自分の体で感じたものでした。
それでも、何度も立ち止まりました。自分たちのやっていることに意味はあるのかと、問い続けていた気がします。達成感はありつつも、今までお世話になった島前地域に成果を還元出来ているのか、自信がありませんでした。そしてその迷いを抱えたまま、島内での最終発表の日を迎えました。
発表の後、私の活動にずっと協力してくださっていた地域の方に、本当に良い一日だったと声をかけていただいたとき、心の中に張りつめていたものがすっとほどけていきました。成長したことも、うまくいかなかった時間も含めて、よくやったと言ってもらえた気がしました。
私は学ぶことが好きになったと思います。学ぶ途中の不安も、悩みも、かっこ悪さも、全部含めて、こんなにも心を動かすものなのだと知りました。
そんな学びの場の中心にいた、地域の方々、島親さん。
この島が、この島の人たちが私をたくましく育ててくれました。まだまだ未熟な高校生という立場で、期待に応えられなかったり、失礼なことをしてしまったかもしれません。それでも、私たちの話に耳を傾け、同じ目線で考え、背中を押してくださいました。時には厳しく、でも暖かく最後まで見守ってくださいました。その時間の中で、私は人としての情熱のある生き方を受け取りました。
魅力化スタッフのみなさんは、私が今まで出会った中で一番かっこいい大人たちです。そして、「かっこいい大人」という言葉では足りないくらい、真面目に面白い人たちでした。授業や教科外の時間の中で、その時に抱えていた悩みをなぜか見透かされていると感じる瞬間がありました。自分でも気づかなかった気持ちに、ふと気づかされることもありました。面談の時間は、ほとんど「水谷李緒の人生探究の時間」になり、鋭い視点からの言葉をいただいて、自分を見つめ直すきっかけになりました。でもそれは、指摘するのでもなく、答えを示すのとも違いました。自分の足で立てるよう、隣で問いを投げかけてくれる存在でした。そんないろいろな刺激と愛をくださる魅力化スタッフのみなさんは、私にとって、とても頼りになる大人でした。
先生方。18歳になり、「もう大人だね」と言われることが増えました。でも、本当はまだその言葉に気持ちが追い付いていませんでした。時々、先生たちの発言や決定に文句を言ってしまって、ごめんなさい。熱心な指導に取り合わず、目を逸らし、向き合おうとしなかった時もありました。きっと、何度も頭を抱えさせてしまったし、何度もがっかりさせたと思います。それでも、そのたびに寄り添ってくれて、前を向かせてくれて、まだ信じ続けてくれました。どんな生徒にも、まっすぐ向き合ってくださいました。「先生、いっぱい迷惑かけてごめんなさい。」と言った私に、「なんにも迷惑なんかじゃない。」そう言い切ってくれた先生。あの瞬間、私は初めて、足りなさも、迷いも、完成していないそのままの自分でいていいのだと受け止めてもらえたように感じました。
私も、そんな誰かを迷わず信じられる人になりたい。
遠くにいても、変わらず愛情を注いでくれた、家族。入学式に行くために家を出る前夜、家族が小さな手紙をくれたことを、今でもよく覚えています。「行ってらっしゃい。わが家は、いつまでもりおの実家だから、いつでも帰っておいで。」
その言葉は、この3年間私の居場所そのものでした。このおうちに生まれてきてよかったと心から思いました。
きっと、この先どこへ向かっても、家族の存在が、かけてくれた言葉が、やわらかいまなざしが私の背中をそっと支えてくれるのだと思います。お父さんとお母さんの子供に生まれたこと以上に、誇れることはありません。ありがとう。
後輩のみなさん。行事のたびに、自分が先輩であることを自覚しました。よいお手本でいたい。困っていたら支えられる存在でありたい。そう思っていました。けれど振り返ると、あまりうまくできなかったように思います。みなさんからもらったもののほうが多かったかもしれません。
失敗しても大丈夫です。たくさん笑って、たくさん迷ってください。誰かに見られているということは、少しだけ怖いけれど、その分だけ人を強くしてくれます。それを、皆さんから教わりました。
三年間を共に過ごした、同級生のみんな。文化祭や体育祭、研修旅行のあの熱気や一体感は、きっと誰もが思い出す特別な時間だと思います。けれど私にとって、本当に心に残っているのは、何でもない毎日の方かもしれません。休み時間になると、畳に自然と集まって、どうでもいい話から、なぜか人生の話までしていたこと。肩を組んで、歌を歌ったこと。そんな何気ない時間の中で、私たちは大人になっていきました。どこか似ているようで、全く違う場所から集まった私たちの学年は、個性が豊かで、なかなか嚙み合わないこともありました。しかし、最初は感情のままにぶつかることしかできなかった私たちが、いつの間にか、お互いの言葉に耳を傾けるようになっていました。
相手を理解しようとすること、尊敬すること、誠実であろうとすること。それを、少しずつ、少しずつ覚えていった気がします。ぶつかって、すれ違って、それでも離れずにいたからこそ、やっとたどり着いた場所でした。友達と喧嘩をして、口をきかなかったこともありました。ひとりの声を尊重できなかったこともありました。悔しくて、腹が立って、涙が出てしまう日もありました。それでも、私たちは、本気で笑って、本気で怒って、本気で泣く人たちでした。そして、隣にいる人をちゃんと大事にしようとする仲間でした。
私たちはこれから、それぞれの場所で、それぞれの時間を生きていきます。きっとたくさんの人と出会って、たくさんの人と別れながら。
なにげなく交わした言葉や、日々の間に積もっていく気持ち。形には残らないけれど、そういう日常が、私たちを作って行くのだと思います。
あの日見た真っ青な海のように、これから先も、簡単に底は見えないのだと思います。それは、少し不安でもあり、同時に希望でもあります。それでも、私は、見えないからこそ、自分の足で進んでみたいと思えるようになりました。
何を見つけ、何を感じるのかを楽しみにしながら、これからの日々を、丁寧に、力強く重ねていきます。
三年間関わってくださったすべての皆様へ感謝を込めて、答辞といたします。
令和8年3月1日 卒業生代表 水谷李緒
