校長室より

R8年度 1学期 始業式 校長講話

みなさん、おはようございます。

こうして新学期を迎え、皆さんとここに元気に集まれたことをとてもうれしく思います。

 

「汝、何のためにそこにありや」

 

春休みに入る前に、新学期を迎えるまでに、この問いの答えを改めてしっかり考えてきてほしいと伝えました。どんな答えを持ってきましたか?新しい学年、教室も変わり新たに見える景色、新たな出会いにあわせ、ちょっとだけ新しい自分に、わくわくドキドキする気持ちでこの問いの答えに向かってこれから全力で取り組む気持ちを持ってくれていると思っています。こんな気持ちがあるときは、自分が成長するチャンスです。

 

この1学期、いや、これから始まる1年の間にみなさんの前にはおそらくたくさんのチャンスが現れます。それはチャンスに見えないかもしれません。むしろ大変なことや、やりたくないこと、思いもかけないピンチの姿をしているかもしれません。しかし島前高校の失敗さえも学びにかえて、踏み込みと振り返りのサイクルを回し進化するという学びの中で、現れたチャンスを掴んで、是非ものにしてください。

 

昔「チャンスの神様」の話を聞いたことがあります。詳しいことが知りたい人はギリシャ神話とか、ヨーロッパのことわざとか調べてもらうと良いかも知れません。この神様は手も足も胴体もなく、頭部のみでしかも前髪しかなく、とても速く動き回るのだそうです。つまり、チャンス(の神様)は目の前に来た瞬間に掴まなければ、通り過ぎてからではもうつかまえることができない、という意味です。

 

この神様をつかまえるのは難しそうですが、どうすればチャンスをつかめるのでしょうか。

 

それは2つあると思います。

まず1つ目は、「自分が何をつかみたいのか」を考えておくことです。2つ目は「とりあえずやってみる」という気持ちをもつこと。1つ目に関してはまさに「汝、なんのためにそこにありや」この問いの答えがそれにあたるのではないでしょうか。目標や興味がはっきりしていれば、チャンスが目の前をかすめたときに、迷わず手を伸ばすことができます。

 

そして2つ目は、島前高校流でいうならば「踏み込みする」ということです。たとえ間違えて違うものを掴んでしまったとしても、あとで手放せばいいし、もしかすると、それが思いがけず良いものになることもあります。「行動した後悔よりも、行動しなかった後悔のほうが大きい。」とよく言われます。「踏み込まなかった後悔」は長く残ります。大人になってもずっと残ります。踏み込んだあとの後悔なら、失敗を共に称え合う島前高校ならそれを自らの学びに変えることがきるはずです。

 

また、チャンスをつかむためには、準備も大切です。準備とは集中力、判断力、忍耐力、そして決断力を磨いておくこと。これらは、授業、部活動、友人との関わりなど、日々の学校生活の積み重ねの中で身についていきます。3学期の終業式で学びについて触れましたが、学校での学びは、ただ知識を増やすことではありません。自分自身の将来を形作る土台のようなものだと終業式で話しましたが、土台の一部には、いつか目の前に現れるチャンスを見つけ、それをつかみ取る力を育てることもあります。

 

この1年島前高校生の誇りと自覚をもって、結果がどうであれ、少し勇気を出して手を伸ばして、チャンスを掴みに行ってください。みんなのそれを支える大人が学校や地域にはたくさんいます。

 

そして、先生方も今年度全員が何かしらの踏み込みを行うことを今年度の最初の職員会で確認しました。先生方も生徒の皆さんが探究学習をするように自分でテーマを決めて学びに向かいます。それを生徒の皆さんにもみてもらう機会が今年度あると思っています。

生徒も教職員も同じ行動指針で共に学び、共に育つ、そんな島前高校でありたいと思っています。

 

明後日は新入生を迎えることになります。入学してくる新入生の先輩として、「汝、なんのためにそこにありや」この問いに即座に答えることができる、もしくは決して踏み込みを恐れない、失敗からの学びを糧にできるなど、島前高校生らしい様々な手本となってくれることを期待して、1学期の始業式の講話とします。

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