インタビュー特集2025年9月26日 (金)
教員ジンセイ 吉岡先生インタビュー①
こんにちは。島前高校3年生地域共創科の安澤ももです。
私は、地域共創科の活動で「先生と生徒の協働的な関係構築から変化し続ける学校を目指す」活動を行っています。
これまで、お互いを呼ばれたい名前で呼び合う”ネームリスペクト”の取り組みを通して、先生と生徒の会話のきっかけを作ってきました。
しかし、活動を進めていく中で私自身、もっと先生が普段考えていること、どんな過程で今の先生になったのかを知りたいと思うようになりました。
今回は、普段あまり知ることのない先生方の、教師として人生の中での想いや価値観、今までの経験、これからの話を聞かせてもらいました。
この記事を、たくさんの先生、生徒に読んでもらうことで、
「先生ってこういう人だったんだ」
「先生にも、こんなふうに迷ったり悩んだりする時があるんだ」
そんなふうに、先生を“人として”知ってもらえるきっかけにしたいと考えています。
歴史に残る第一回目は、私達3年2組の担任をされている吉岡先生。2部に分けてお届けします。
簡単にプロフィールをご紹介します。
名前:吉岡裕司 担当教科:化学 好きな食べ物:固めこってりラーメン
それでは早速ですがインタビューに入っていきます。
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もも 今日は、インタビューに応じてくださりありがとうございます。いきなりなんですが、先生をやるなかで大切にしていることってありますか?
吉岡 うーん、大切にしていることは、まあ、生徒が主体の場所であること、かな。授業もクラスもですね。
もも 生徒が主体であること、ですか。
吉岡 例えば、授業でもクラスでもなんだけど、自分が受け持っている生徒全員を、自分の思う通りに従わせたいっていうわけじゃなくて、どういう方向に進んでいくかのかじ取りを生徒に投げたいって思ってるんだよね。
吉岡 自分の意見を伝えるし、方針とかを示すこともあるけれども、そこへ進むかじ取りは任せたいって感じかな。 なんか「あそこを目指そうよ」っていうのは伝えるけど。 進み方は任せてる っていう感じ。 授業とかクラスとかもそんな感じかな、うん。
吉岡 最初にそのクラスの運営方針を僕が出しているんで。 まあ、こういうクラスにしていきたいとか、こういうふうにしたいと思いますっていうのを伝えるんだけど。 みんなでそこの方向に向かっているといいかなと思います。
もも なんでそう考えるようになったんですか?最初から結構そういう感じだったのか、何かきっかけがあって変わったんですか?
吉岡 授業は島前高校に来てからかなあ。あ、まあでもクラスの方針もそうかもしれないな。ここに来てからだいぶ自分のスタイルが変わっていってる。
もも 今まではどんな感じだったんですか?
吉岡 例えば、前の学校とかだと、いかにわかりやすく生徒に説明するか、受験対策に繋がる授業かっていうのを重視してて。それらは生徒からのニーズがあるように感じてたんけれど、なんかそれが島前高ではあまり通用しないっていうのが分かって。で、授業のスタイルを変えていったっていう経緯かな。
もも 島前高は生徒のニーズが違ったみたいなことですか?
吉岡 なんか露骨につまらんそうな感じ笑。 つまらなそうな表情をしてくれたから気づけた。 逆に「ああ、そういうニーズじゃないんだね」っていうのに気づいたし、結局自分は大学入試とか短い視点で見てたんだなっていうのがすごく分かって。なんかもっと理科としての面白さを伝えられる授業のほうがいいなあって、最近は思う。その良さを味わってもらうために、極力生徒が主体となって授業を進めるといいかなって。
もも そうなんですか!吉岡先生はなんで化学の教員になったんですか?
吉岡 難しいなあ。 それはまあ教員になろうと思った時に、化学の教員になるしかなかったっていうのは大きいけどね。
もも そうなんですか。
吉岡 うーん。まあ、理学部に入ったから、そこから教員になろうって思ったら、理科や化学の先生がまあ、最短ルートだよね。大学在学中に教員になろうって思ったがために、もうそこから舵は切れない。
もも ああ、そうなんですか!? 高校の時は別に教師を目指してた訳じゃなかったんですね。
吉岡 目指していなかった。いや、気づいてなかった。
もも 大学で気づいたんですか。
吉岡 親に「教員になってくれんか」みたいなことを言われてて、それがすごく嫌だった。絶対なるものかと思ってた笑。大学進学で化学は偏差値とかそんな高くなかったんだけど、まあ勉強したらできるだろうっていう謎の自信があったんで。その自信は見事、大学で打ち砕かれるんだけど(笑)初めてちゃんと自分と向き合ったのが、恥ずかしながら大学4年生。そこで教員になるっていう答えが出てきて。
もも ええ!それはなんでそうなったんですか?
吉岡 大学だったら4年間、高校だったら3年間、就職って何年先あるかわからない。 仕事は長くやろうと思ったら、何十年も仕事ができるわけで。てなった時に、じゃあ何十年も化学物質を相手にするのかって考えた時に、そこまで化学物質に対して本気になれないかなあっていうのがあって。周りの教授とかの生活見てると、やっぱりそう思うし、同級生もすごい人がいっぱいいるし。なんかちょっとこれ、研究者の世界って無理かもってなって。じゃあ自分は何なら頑張れるかなっていうのを考えて、対生徒なら、自分は仕事頑張れるかもしれないって思ったわけですよね。
吉岡 で、教員免許を取ってなかったから、親に頭を下げて、教員免許を取りたいので大学院に行かせてくださいっていう、懺悔をしたわけ。 で、本気のお願いだから、親も駄目とは言えずに「行きなさい」と言ってくれたから今があるって感じ。だから教育実習とかも年下の子らと一緒にやってて。学年が違うから、親しい友達と一緒に実習受けてるって状態じゃないわけで、 自分で頑張るしかないんだよね。
もも 先生になりたての頃と、今と比べるとどんな変化があるんですか?
吉岡 うんうんめっちゃ変わったんじゃない?先生でいなきゃって、多分教員になりたての頃は思ってたんだよね。 だからね、生徒の聞かれた質問に全部答えなきゃとか、なんでも知ってなきゃって感じで。先生って呼ばれるからそういう気の張り方はしてたんじゃないか? けど、そういう考え方ってしんどいじゃない。 いや、だからどっちかというとなんかこう、先生生徒じゃなくて、なんか人間同士って感じがいいのかなって。
もも それはこっちの方がいいな、自分に合うなって思ったんですか?
吉岡 そっちの方が、そうだなぁ、わかんないけど、本音をしゃべってくれるような気がする。なんでそういうふうにしてたかっていうと、生徒のことをもうちょっと知りたいなって思ったからかな。
もも そうなんだ。あんまり生徒のこと知れてないなって思ったんですか?
吉岡 うん、知らないなというか。いろいろ隠してるんだろうなっていうのがわかった時があったかな。
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続きは、第二弾でお楽しみください。
