校長室より

エビデンスはあるのか

新聞紙上でも取り上げられたが、都道府県別の教員のICT活用指導力の調査(令和3年度 文部科学省)で、島根県はすべての項目において最下位となった。このこともあり、ICT活用の充実に向け、より各校が組織的・計画的な方策を実行するため、そして、生徒の情報活用能力等の育成を図るための研修があり、私も参加した。

本校にあってはICT機器の活用やオンラインを用いることは得意分野の一つであり、電子黒板や実物投影機の活用もちろん、端末を用いた探究の時間での調べ学習や論文指導、また長期入院等が必要となった生徒に対してはオンライン授業やオンデマンド配信も状況によって行っている。デジタル庁のHPには「デジタルの活用で一人ひとりの幸せを実現するために」、文部科学省のGIGAスクール構想における大臣メッセージにおいては『1人1台端末環境は、もはや令和の時代における学校の「スタンダード」であり、特別なことではありません。(中略)これまでの実践と ICT とのベストミックスを図っていくことにより、これからの学校教育は劇的に変わります。』と記されている。国は大きく舵を切ったのである。我々もICT活用は「何のために、何ができるか」を再度吟味し、「主としてデジタルの効率性」を生かした授業場面を多く設定できる努力は続けていく必要があると感じた。

その数日後、ネット記事で「ユネスコ(国連教育科学文化機関)が学校でのスマートフォンの使用を禁止するべきとする報告書を発表」という記事を見つけた。子どもがスマートフォンなどを過度に使用すると精神状態に悪影響を及ぼすほか、成績も低下するとして世界的に学校での使用を禁止するべきと呼び掛けている。また、スマートフォンなどを使用禁止にすることで子どもたちをインターネット上のいじめから守ることができると指摘している。実際、オランダ政府は7月、子どもたちを授業に集中させる目的で来年1月から教室内でのスマートフォンやタブレットなどの使用を原則禁止すると発表している。

そこで、1冊の本を手に取ってみた『スマホはどこまで脳を壊すか(朝日新書)』。内容の詳細な説明は省くが、東北大学の川島隆太教授が社会のデジタル化、オンライン習慣化により脳科学研究の分野において発見した危険性を指摘している。身近なところでは「ながら運転の危険性」、「家族との食事や外出中にお互いの顔は見ずスマホを見ていること」を例示し、その依存症ともいえる状況に警鐘を鳴らしている。また「こころとこころの触れ合いが」必要な場面ではオンラインコミュニケーションが無力であること、MRI画像を用いた追跡研究ではスマホなどを毎日常用している子供たちの脳発達が損なわれていることが科学的には検証済みであることが示されている。

読後、私自身は整理ができない状況にあり、自問自答の波に飲み込まれてしまった。そろばんが電卓に、ラジオからテレビへと変わってゆく時代にも同様の議論はあったと思うが、当時それぞれの議論にエビデンスはあったのだろうか?コロナ禍を通じて「エビデンス」という言葉が世に広まったが、この問題を考えるにあたって必要なエビデンスとは何か?また、我が国のデジタル化推進の現状を鑑みると他国のような立法による制限が今後なされるとは想像できない。だが、脳科学上の危険があるのなら、それを放置しておくわけにもいかない。オランダにおける教室内使用禁止も帰宅してから長時間使えば、脳科学上の悪影響は避けられない。うーん、頭の中には古代ギリシアの哲学者アリストテレスの「メソテース(中庸)」という単語が飛び交っている。どなたか「あなたがそこまで考えなくてもいいですよ」と言っていただけないだろうか。

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